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ユルめのやつ(タイトルは不定期に変わります)

「りんごの皮を剥いたよー」

早朝から仕事をしてきて少し集中力が落ちたのでりんごを食べている。ボクはとても不器用なので、すごい勢いで実ごと皮を削いでしまったので随分と小さいりんごになってしまった。

 
「りんごの皮を剥いたよー」
 
生前、ボクの祖母(育ての親&以下、ババア)が時折言い放っていたこの言葉。自分でりんごを剥きながら、ふっと思い出してしまった。「りんごの皮を剥いたよー」なんて何の変哲もない自然な言葉であるけれど、当時のボクは無意識に違和感を感じていた。まず第一に敢えて何故にりんごなのか。次に皮を剥いた宣言を敢えて特別な感じで言い放つその意味って何なのだろうと。
 
当時55歳ぐらいだったババアは自分さえ生きていければ良い程度の仕事と趣味を抱えていた(はず)。ところが、自分の息子が嫁に逃げられたものだから、可愛い孫達(ボク、主にボク)をなんとか育てなきゃならんと、人生のアクセルをもう一度ベタ踏みするハメになった。ハメになったと言うか、今思えばババアの人生はそうやって人に尽くす事が天命だったのかもしれない。孫達に引越しをさせ自分の手元に呼び寄せ、絶縁していたジジイにも頭を下げて子育てを手伝ってくれるように頼み込み呼び寄せた。
 
ボクが見てる分には、どっちかと言うとババアの方が稼いでジジイが働きつつも家事も6割ぐらいをこなすと言う風に見えた。ババアが行うメインの家事は食事を作る事に集約されていたと思う。とは言え、日中は食堂で働いていたせいなのか日常の疲れのせいなのか、手の込んだ本気の料理を作ることは多分少なかったと思う。手を抜くと言うよりかは、今思えば高度に作業の効率化をはかっていたのだろうと思う。育ちざかりのクソガキ二人に与える食事は質よりむしろ量だった事にも起因する。彼女の名誉の為に言っておくと、本職だけあって料理の腕はさすがにプロだったと思う。「この料理ってこう言う味ですよね」と言う平均以上の味を常に出し続けられると言う点においては、彼女は料理人だったのだとボクは理解している。普通の主婦はたまにホームラン級の料理を作るがアベレージが低い。それはストライクゾーン内の得意なコースが限定されているからだ。イチローのようにどのコースにも対応できる力量があればアベレージは必然的に上がる。
 

ババアの事を料理人と言ったが、モノを作ると言う点に置いてはとても大事な資質を持っていたと思う。それは「めんどくさがり屋」だと言う点だ。作業の効率化をはかる等と言う発想を持ってる時点である程度のめんどくさがり屋である事が多い。彼女もその例に漏れないだろう。そんな彼女が仕事から帰って疲れているところに55歳の身体にムチをうち、食事の用意と食事と洗い物を終わらせて「はーさて、いっぷく」(ババアは純然たるスモーカーだった)となっているタイミングで、ガキどもにりんごの皮を剥くなどと言うメンドクサイ行為に至る発想がボクにはわからない。わからないと言うか、ボクだったら完全に1人の世界で何も考えずに煙草をただただヤルと思う。

 

あのめんどくさがり屋のババアがあのタイミングでりんごの皮を剥くなんてのは、孫達に対する底知れぬ愛情に他ならない。主にすげー勢いでハンバーグだのハンバーグだのハンバーグだの肉食だったボクら(ボクは雑食で何でも食べるけど、弟はすげー勢いで偏食だった)に対して栄養バランスなんかを考えていたのだろうな…としか思えない。だとすれば、あの敢えて特別な感じで言い放つ「りんごの皮を剥いたよー」のドヤ顔感は今なら理解できる。どうして?何故?なんて理由を押し付けがましく伝えずとも、生みの親でなくとも、愛情ってのはそれなりに伝わるものだ。